<< そろそろ出かけるか | main | 色んな考え方 >>

梅雨明け

8月1日  関東 梅雨明け 

 昨日と違って、少々暑い − 雑草除去仕事は 暑いから

 チョイ と やりたくない

 

パタヤに居た頃は 毎晩飲んでましたが

ここでは 連れ合いは全く飲まないので − 

一人だと

ビール小缶も もてあます。 気の合った仲間とワイワイと

飲む会に出かけてしまう 〜 この習性は良く分かる

コロナ感染の危険を感じる アンテナはどっかへしまってしまうのだ。

 

当方も今月中旬には 昔仲間数人と 昼チョイ飲みをやりたいなと

思ってます − ごく少数

で、関東粽会は さすが 集会は 拙いし 暫し お預けですね

 

タイへの渡航は ワークパーミットがある人(その他少数プラス)に

限定されているし、OK入手の所作事も大変。

通常の旅行者は はじかれてます − いつになったら解禁になるのかな

 

日本は感染者増えているし、タイ側は入国を躊躇するでしょうしね − 

もっとも、チェックする数が増えているというのもあるでしょうが。

 

なんとか11月、12月頃には 解禁して欲しい !

 

 

☆彡☆ 2008年の投稿

 これは あり得る −− そういう領域に近づいてる ??

 

 

江國香織著 「つめたいよるに」 短編集 

とても身近に、「あっ! そんな感じだな」とか「そういえば、ーー」という風に心の中にスルリと入ってくる。
「晴れた空の下で」:


わしら は最近、ごはんを食べるのに二時間もかかりよる。

いれ歯のせいではない。
食べることと生きることとの、区別がようつかんようになったのだ。

たとえばこうして婆さんが玉子焼きを作る。
わしはそれを食べて、昔よく花見に行ったことを思い出す。

そういえば今年はうちの桜が未だ咲いとらんな、と思いながら
庭を見ると、婆さんはかすかに微笑んで、あの木はとっくに切ったじゃないですか、と言う。
二十年前に、毛虫がついて難儀して、お爺さんご自分でお切りになったじゃないですか。

 

ーーー 白い御飯をゆっくりとゆっくり噛んでいる婆さんの、伏せたまつ毛を三十年も四十年もの時間が滑ってゆくのが見えるのだ。
「どうしたんです。ぼんやりして」御飯から顔をあげて婆さんが言う。
「おつゆがさめますよ」わしはうなずいてお椀を啜った。

小さな手鞠麩が、唇にやわらかい。
昔、婆さんも手鞠麩のようにやわらかい娘だった。
手鞠麩のようにやわらかくて、玉子焼きのようにやさしい味がした。

 

ーーーー土手は桜が満開で、散歩の人出も多く、ベンチはどれもふさがっていた。
子供やら犬やらでにぎやかな道を、わしらはならんでゆっくり歩く。
風がふくと、花びらがたくさんこぼれ落ち、風景がこまかく白い模様になった。

「空気がいい匂いですねえ」婆さんがうっとりと言う。
「いいですね、春は」わしは無言で歩き続けた。
ーーーー
散歩から戻ると、妙子さんが卓袱台を拭いていた。
「お帰りなさい。いかがでした。お散歩は」妙子さんは次男の嫁で、電車で二駅のところに住んでいる。

「いや、すまないね。すっかりかたづけさしちゃって。いいんだよ、今これがやるから」
ひょいと顎で婆さんを促そうとすると、そこには誰もいなかった。

ーーーーわし は最近、ごはんを食べるのに二時間もかかりよる。
いれ歯のせいではない。
食べることと生きることとの、区別がようつかんようになったのだ。

 

ーーーー

chimaki1 * 稚魔日記 * 15:48 * comments(0) * - * pookmark

コメント

コメントする









このページの先頭へ