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十津川村

ある生家での想いで −−

 我々世代の 小学校時代というのは

大体 こういう感じではなかったでしょうか

 私より文章が お上手なので 拝借しました(承認済)−−−

 

 

『転校とかもあったんですが、中学までは十津川の家で育ちました。

 勉強もあんまりした記憶がなく、 専ら遊びが勉強というような感じでした。
 で、親にもよく言われていたんですが、 通知簿はいつも1が大半で2がちょっとという出来だったようです 。
 自分の記憶に残っているのは、 小学校の3年か4年の頃にソロバンが授業にあり、 ソロバンにのめり込んだおかけで算数が好きになって通知簿も徐々 にですが良くなったことです。
 あと、テレビなどはなく、教科書以外の本と言えば、 子ども向けの辞書みたいな百科辞典的な本1冊(厚さ7〜8僉 があって、 暇なときにこれを読み返すぐらいしか勉強することもなかった、 本当に楽しかった時代です。
 この「こやすば」で小学校時代まで過ごしました。  (注) 「こやすば」村の御休み処となっている
 その後は祖父母だけが住んでいましたが、 祖父母も奈良に出て来ました。
 自宅は、いわゆる十津川づくりで、 土を一切使わず木だけで建っています。 柱も石の上に乗っているだけで、よくもつもんだと感心です。
 私が10才頃に祖父から聞いた話しでは、 京大の先生が家を訪ねて来て、家を見て回って、 築後250年は経っていると言われたとのことでした。 それからすると、今では築後320年は経っていると思います。
 近くの90才の叔父に聞くと、 明治の初めには今の家があったと聞いていると言ってました。
 天井と縁側の板は、2僂阿蕕い慮みで、 人が乗ってもビクともしません。
 縁側は広縁で、大人が縦に寝ても十分なスペースがあります。
 囲炉裏とかはなくなってしまいましたが、あとは昔のままです。
 今でも月に1〜2回は十津川に仕事を含め行っています。 自宅から片道100辧
 随分、楽になりましたが、それでも1日仕事です。』
ーーー 機会あれば 温泉もあるみたいだし 十津川村へ 出かけていき
「こやすば」の縁側で 寝っ転がってみたいですね。
☆彡☆
5月2日(水) パタカン 予定みたいです − 7名
5月3日(木) 特チャーター車 で パタカン 予約手配中
chimaki1 * * 14:49 * comments(0) * - * pookmark

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