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人力が素


昔々の勤務時代のワダイ



其の2:

ドアロック部門  製作段階の初期は大森の中小企業が寄り固まっている地域にある三和部品の工場の一部を借りてスタート。
間借りの生活です。

当時のダイカスト事業にはプレスとかの設備がなく、プレスについては先行している三和部品の軒先を借りたわけです。

殆ど毎日は残業続きの忙しい日々でした。

その中で、お腹が減るものですから、夜鳴の屋台がくると、工場を抜け出して、ラーメンとかをすするのが楽しみでしたね。

屋台で、おでんとお酒なんてのは 縁がありませんでしが −−−

残業食の準備を会社がするなどと福祉的な事はない世代でした。




この頃はドアロックの開閉耐久試験装置も十分なものもなく、ドアを台にすえつけただけで、何と人力によるテスト。

かわりばんこに手で開け閉めをやって耐久試験をやったのですよ − 今じゃ、こんなことはやらんでしょう。

無論、直ぐにエアシリンダーを使った装置をもうけ、自動で動かすようにしましたが −−



chimaki1 * 会社 * 19:40 * comments(2) * - * pookmark

コメント

山ちゃん 似たような昔、結構一生懸命に、仕事しか目に入らないような生活をしてましたね。サービス残業って当たりまえーー 良くないことですが。
懐かしいですよ。

今週、こういう冊子を纏めている幹事さん達と会うことにしています − 
Comment by ちまき @ 2012/03/19 10:49 PM
宮さんもご苦労されたんですね。私も三菱伊丹の半導体開発工場でみっちり鍛えられました。定時が夜10時終業、無論朝は、毎日8時からでした。協力会社からの派遣でしたので 土日も殆ど休み無し。毎月200時間残業したものでした。ハイブリッドICというモジュール的なカスタム製品の開発でしたので、設計から できた製品のテストまですべて任されていました。今になってはよくやってたなと思いますね。夕方5時に定時勤務が終わると工場の食堂で夕食をとり それから毎日仕事でした。遅いときは夜中2時、3時という時もありました。
Comment by Y @ 2012/03/19 9:16 AM
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